◇Top » 高野山足湯隊 » 過去ログ: 4月 2007


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投稿者: 04月28日(土)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

本紙記者も走行 羽咋から穴水 50分で

 能登半島地震で大規模な被害を受けた能登有料道路が二十七日、全線開通した。能登半島の大動脈として地元の生活を支え、観光客の入り込みにも欠かせない重要路線。今回の地震で通行止めとなった羽咋市の柳田インターチ能登有料道 全線復旧 半島の動脈 威力実感ェンジ(IC)から穴水町此木までを走ってみた。 (寺本康弘)

 地震後間もない三月二十九日に復旧した柳田IC-徳田大津IC間の二一・二キロ。アスファルトが真新しい個所がわずかに見られるが走行に支障はなく、一部の片側二車線もそのまま。地震の痕跡は残っていない。

 四月二十日に開通した徳田大津IC-横田IC間(一一・一キロ)も変わった場所はほとんど見られないが、七尾市中島町の豊田橋前後に来ると一変。山を削って設けられた迂回(うかい)路があり、山側は真新しい土の斜面、反対側には陥没した道路がそのままの状態で残る。

 迂回路は山側に急カーブを描いているため、カーブの進入口にはスピードの注意を促す黄色の大きな看板。時速は四十キロに制限されている。

 横田ICを過ぎると真新しいアスファルトと地震以前からあるアスファルトの道路が半分にもなっていて、工事個所の多さが目立つ。途中には「がんばっています能登半島」と、訪れる人へのアピール看板も設置されている。

 前後の道路が陥没して百三十七人が避難した別所岳サービスエリア(SA)周辺。迂回路の脇に中央線とみられる線が途中で途切れているなど、地震のすさまじさが感じられる。

 このため、別所岳SAは当分の間利用できない。越の原ICの周辺でも大規模な崩落があり、多くの迂回路が。迂回路に入る際はカーブがあり、運転も慎重になる。

 ただ、迂回路といっても本来の能登有料道路とほぼ同じ路線を走っているため、距離としてはほとんど変わらず、実際に走って羽咋市から穴水町までは約五十分。復旧の迅速化と観光客の誘客に能登有料道路がどれだけ力強いか、あらためて実感した。

(北國新聞・2007,4,28)

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投稿者: 04月28日(土)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

能登半島地震、仮設住宅に引っ越しへ  

 能登半島地震の被災者のために石川県が建設を進めていた仮設住宅が一部で完成し、二十八日から輪島市宅田町(二十戸)と同市門前町舘(三十戸)の二カ所で入居が始まる。避難所では二十七日、「ようやく一区切りがつく」「いつまでも甘えているわけにはいかん」と生活再建へ向けたさまざまな思いが交錯した。

 門前会館では、舘や道下などの仮設住宅に入居予定の三十三人が寝泊まりし、舘に入居が決まった住民から順次、避難所を離れる。二十七日は仮設住宅の間取りや引っ越しの日取りなどを話し合う姿が見られた。

28日から始まる仮設住宅への入居を待つ住民=輪島市の門前会館 自宅が全壊し、地震直後から避難所生活を送る男性(70)は既に入居が決まった舘の仮設住宅を下見し、「二十八日の説明会に参加した上で入居日を決める。手付かずの家の片付けを済ませて早く一段落したい」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 仮設住宅への入居が始まるのに伴い、十七人が宿泊する市ふれあい健康センターは二十七日限りで避難所が閉鎖される。

 住民は二十八日から光浦町の国民宿舎輪島荘や民宿に移り、仮設住宅への入居を待つ。一足早く自宅に戻る住民らは職員に「お世話になりました」と感謝の言葉を述べた。

 河井町の木工業男性(74)は仮設住宅に入らず、立ち入り危険の赤紙が張られた自宅に戻る選択をした。「避難所では三度の食事が当たって寝床も用意してくれ、本当に感謝せんならん。壊れていてもやっぱり自分の家がいい」と話す。

 宅田町、舘以外では、三十日に輪島市門前町道下と穴水町大町、五月一日に志賀町富来領家町と同町鵜野屋、三日には輪島市山岸町の仮設住宅が入居可能となる見込み。七尾市の三カ所は五月中旬を予定している。

 県災害対策本部の二十七日午後五時のまとめでは、家屋被害は全壊が五百九十五棟、半壊千百七十五棟、一部損壊一万四百三十四棟。避難者数は十カ所の避難所で二百四十八人となっている。

(北國新聞・2007,2,28)

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投稿者: 04月27日(金)2007年 (カテゴリ)>>> 足湯 by gaeiコメントなし »

穴水町川島で

 能登半島地震の被災者が暮らす穴水町川島の避難所キャッス足湯のボランティアをする高野山真言宗の僧侶の皆さん=穴水町川島でル真名井で二十五日夜、県内外の高野山真言宗の若手僧侶六人が足湯のボランティアをした。同じ宗派の兵庫県内の寺院からセリ科の薬草トウキを取り寄せ、被災者を足から暖めた。

 兵庫県西宮市の東光寺副住職松田全弘さん(30)は高校二年の時、阪神大震災に遭ったことがあり、「私たちは全国の人に助けていただきました。少しでもそのお返しができればと思い能登に来ました」と話した。

 足湯につかってもらいながら被災者に積極的に話しかけたり、話を聞いたりする僧侶の姿に、お年寄りの女性(75)は「もったいないねえ」と感謝していた。  (島崎勝弘)

(中日新聞・2007,4,27)

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投稿者: 04月26日(木)2007年 (カテゴリ)>>> 石像・墓石おこし by gaeiコメントなし »

門前・宝泉寺門前・宝泉寺

4月26日、門前・宝泉寺で墓石おこし4月26日、門前・宝泉寺で墓石おこし

石川宗務支所青年会のみなさま、おつかれさまでした!

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投稿者: 04月25日(水)2007年 (カテゴリ)>>> 足湯 by gaeiコメントなし »

4月25日、 松田さん、井上さん、田中さんらがポリタンク4本、ガスボンベ、ガスコンロ、タライ、バケツ、ジョーロなどを用意して、足湯を実施されました。

足湯をする人のほか、お湯のお世話をする係が必要とのことです。地元より、安田さん、加波さん、一二三さんが出仕され、お湯を交換する手伝いをされました。

「全体の被害数が一軒でも一万軒でも被災された方、各々のつらさは同じ。思い出話の涙する方、今後の暮らしの不安を打ち明ける方、前向きな方、色々でした。」

(松田さん、井上さん、田中さんのつぶやき)

4月25日、避難所(穴水町・キャッスル真名井)で足湯

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投稿者: 04月25日(水)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

県本部初会議 住宅再建など軸に

 石川県は、能登半島地震発生から一カ月となった二十五日、被災地の本格復興に向けた核の組織となる「県能登半島地震復旧・復興本部」を発足させ、県庁で第一回会議を開いた。本部長に就いた谷本正憲知事は、被災地の復興プランについて住宅再建対策、文化財復興などを軸に策定を急ぐ考えを強調。県側は、十月をめどに打ち出す意向を明らかにした。

 会議には副本部長の杉本勇寿、山岸勇両副知事らも出席。知事は応急復旧に区切りがついたとして「今後は本格復興への取り組みを加速させねばならず、正念場を迎える」と呼びかけた。復興プランは「被災地の思い、ニーズをくみ上げ、弾力的な対応が求められる」として部局間の連携強化を指示。早期策定の上、国に財政支援明確化を求める考えも示した。

 席上、二十七日からの「元気宣言、能登。」観光キャンペーンで、知事が同日朝に全国ネット局の情報テレビ番組に生出演して能登をPRすることも報告された。輪島塗、酒造、商店街を重点に再生を図る復興支援基金について、各業種ごとの復興委員会設置へ、地元市町などが連休明けにも準備会を発足させることも伝えられた。

 県がまとめた二十五日午前八時現在の被災状況によると死亡一人、重傷二十六人、軽傷二百九十二人のほか、住宅の全壊五百八十四棟、半壊千百五十二棟、一部損壊九千九百三十二棟。輪島市、志賀、穴水町の避難所四十七カ所に二百五十九人が自主避難している。

(北國新聞・2007,4,25)

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投稿者: 04月25日(水)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

 石川県輪島市では二十四日、住宅に大きな被害を受けた被災者たちが待ち望んだ仮設住宅の入居決定通知が郵便で発送された。説明会を経て今月末には入居が始まる予定で、行き場を失っていた約二百人はようやく避難所生活から解放され、生活再建に向けた新たな一歩を踏み出す。 (小松支局・杉山直之)

 同市内の仮設住宅は四カ所計二百五十戸。市は申し込みのあった二百三十九世帯に通知した。契約書や入居のしおりなどが同封され、二十五日中にはほとんどの被災者の手元に届く見込み。また、道路の寸断で孤立し、現在も日中の一時帰宅のみが許されている同市門前町深見地区の住民約六十人には、集団で避難生活を送る阿岸公民館に市職員が直接届けた。

 通知書を受け取った同地区の住民らは早速、入居先となる仮設住宅の位置や間取りを確認。配置図を片手に「あんた、どこになった?」などと尋ね合う姿も見られた。

 仮設住宅が隣同士になった女性二人は「地元では離れていたけど、今度はご近所さんやね」と笑顔。家族三人で入居する男性(57)は「とりあえず落ち着き先が決まって一安心。避難所ではどうしてもほかの人に気を使ってしまう」と、ほっとした表情を浮かべた。

 市都市整備課によると、仮設住宅の入居場所は被災程度と震災前の住所、自動車の有無を重視して決定。新潟中越地震の被災地・長岡市や小千谷市の例を参考に、集落が分散しないよう配慮したという。担当者は「住宅地図とにらめっこしながら、隣近所がなるべく近くなるよう考えた。建設場所と戸数から限界はあるが、苦心した点は理解してほしい」と話す。

 市内四カ所の仮設住宅のうち、宅田地区と門前町舘地区では二十八日から入居が始まる。百五十戸が建設されている門前町道下地区は二十九、三十日に説明会を開き、同日からの入居となる。

(中日新聞・2007,4,25)

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