◇Top » 高野山足湯隊 » 過去ログ: 5月 2007


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投稿者: 05月31日(木)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

輪島・宅田 食卓彩り 心に安らぎ

 輪島市宅田町の仮設住宅の玄関前に鮮やかな紫色のチューリップが咲いていた。十本余りが風にしなやか輪島市宅田町の仮設住宅に揺れる。ガーデニングが趣味という表野千鶴子さん(53)の居室だ。

 「珍しいでしょう。カタログで取り寄せたんです」と千鶴子さんが紫色のチューリップを指さす。震災で半壊した築五十年の同市鳳至町上町の自宅には、花壇があった。空きスペースに作った二坪ほどの広さで、十種類以上が花を次々とつけて、季節ごとに安らぎを与えていた。

 仮設住宅に移った今も毎日、千鶴子さんは壊れた自宅へ向かう。輪島漆器会館のパート勤めの帰りに自転車で立ち寄り、食器や調味料など足りない物を取ってきては、仮設住宅に運ぶ。住めなくなってしまっても自宅がやっぱり気になる。大事にしていた花壇も必ずチェックする。

 「昨日、庭で取ってきたカラーです。ブラウスのえりに似てるかな」。仮設住宅の食卓のコップに生けた白くかれんな花を見やりながら、千鶴子さんはほほ笑んだ。

 千鶴子さんは、輪島市の道下郵便局長を務める夫の武さん(57)と二人暮らし。地震が発生した直後から、武さんは職場の復旧に追われた。自宅の片付けはもっぱら千鶴子さんが担い、仮設住宅への引っ越し作業も金沢市から手伝いに駆けつけた二男(22)と二人で何とかこなした。

 新しい住まいを整えるのも千鶴子さんが中心。自宅から持ってきた食器を洗うと、トレーに山盛りになった。「狭くて物を置く場所は少ないけど、食器棚は必要ね。たんすや、げた箱とか徐々にそろえば、何とかなりますよ」

 自宅は、はりが折れ、柱と床が傾いた。知人の大工に見積もりを頼むと、修理するのも建て直すのも、ともに一千万円以上かかるという。夫妻はせっかくお金をかけるなら新しい家をと再建を決意した。

 千鶴子さんは「借金することになるでしょうが、お金の面は夫に任せています」と武さんに全幅の信頼を寄せる。「今度家を建てたら、ちゃんといい庭を作れる。それが楽しみ」とも。

 武さんは「こうして寝る所があるから大丈夫。仮設住宅は居心地がいいし。どうやってお金を工面するか、これから考えます」と応じる。

 「古い家だったから、いずれは建て直さなくてはいけなかったからね」。千鶴子さんは自分たちに言い聞かせるようにつぶやいた。

  (七尾支局・増井のぞみ)

 ◇宅田の仮設住宅◇ 輪島市の自衛隊官舎跡地に、20戸が建設された。2DKが12戸で、1DKと3Kがともに4戸。市役所から車で1、2分の市街地で、上野台中学校付近の丘の中腹にある。15戸に入居が決まっており現在は、鳳至町、河井町の住民を中心に14世帯34人が住む。

(中日新聞・2007,5,31)

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投稿者: 05月28日(月)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

 ボランティアセンター2ヵ所 輪島で閉所式

 能登半島地震発生直後から二カ月にわたり、輪島市で震災に遭った住民らの手助けに当たった市災害ボランティアセンター門前と同輪島の二カ所が二十七日、閉所した。

 両センターには震災直後の三月二十七日以降、全国から一万二千人超のボランティアセンター閉所式であいさつする梶市長=輪島市門前町でボランティアが駆け付け、献身的な活動で住民を物心両面から支えた。地震発生から二カ月が過ぎ、片付け作業などがひと段落し、依頼件数も少なくなったためセンターを閉じることにした。

 今後は、市社会福祉協議会がボランティアの受け付けを引き継ぎ、輪島青年会議所や市災害ボランティアの会、各種団体などと連携し活動する。

 同市門前町の道下仮設住宅前の門前グラウンドゴルフ場であった閉所式で、梶文秋・輪島市長は「門前町が震源地に近いため大きな被害に遭った。ボランティアスタッフの方々には感謝申し上げます」とあいさつ。梶市長から「復興の鍵」が谷内江昇・同市社会福祉協議会長らに伝達された。

 この後、金沢、小松両市の消防音楽隊の合同コンサートや親睦(しんぼく)グラウンドゴルフ、曹洞宗大本山・総持寺祖院の復興祈願法要、増田太郎コンサート、大道芸などが繰り広げられ被災者を元気づけた。 (渋谷昭次)

(中日新聞・2007,5,28)

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投稿者: 05月25日(金)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

 能登半島地震の発生から二十五日で二カ月。被災し、住宅を失った人は避難所から仮設住宅などに移り、生活は落ち着きを取り戻し始めた。年金暮らしの高齢者が多い地域だけに、今後は住宅再建の費用が重くのしかかる。公的な支援はごくわずかで、すでに再建をあきらめた人も少なくない。能登で途方に暮れる人、過去の地震から生活を建て直した鳥取県の人たちに話を聞き、支援制度の現状を探った。

高齢者『いつまで住めるか』
再建の資金めど付かず 年金生活 重い負担

 「子どももいないし、直してもいつまで住めるか分からない」。石川県輪島市門前町の無職鶴岡文子さん(85)はあきらめ顔を見せる。自宅は今年三月の能登半島地震で半壊。倒壊の危険もあって住めなくなった。

 年金暮らしで、再建資金はめどが付かない。鶴岡さんの場合、国と県から最高百五十万円の支援金が払われる。しかし、制度の使途制限で、修復や再建には県が負担する三十七万五千円しか使えない。見積もりを取るまでもなく、足りないのは明らかだった。二年後には今暮らす仮設住宅も出なければならない。「行きたくないけど、しかたない」。その時は老人ホームに移る決意をした。

 被害の大きかった輪島市門前町は、六十五歳以上の高齢者がほぼ半数になる。自宅再建に不安を抱える人は多く、市は公営住宅の建設で対応しようとしている。同町の無職男性(82)は「元の家が一番。公営住宅では戻ってこない」とつぶやく。対策が住民に受け入れられるかどうかは分からない。

 同県内の仮設住宅には三百十世帯七百十八人(二十日現在)が暮らす。

2000年鳥取西部地震 県と町の援助“奏功”

 高齢者の生活再建はこれまでも問題になった。

 二〇〇〇年十月六日の鳥取県西部地震。同県日野町は約千五百の全世帯が一部損壊以上の被害を受けた。六十五歳以上は人口の約三分の一。高齢者が自宅に戻ることをあきらめれば、自治体の存続すら危ぶまれた。当時、国からの支援金は最高百万円。しかも住宅再建には使えなかった。

 県は地震から十一日後、公費で住宅再建を支援する事業を発表した。年収にかかわらず、実費を上限に県と各市町村で住宅再建に最高三百万円、補修に同百五十万円を支給できる枠組みだった。枠組みの範囲の一部を住民に負担してもらった自治体もあったが、日野町は全額を負担し、壊れた住宅の撤去も公費でまかなった。

 全世帯の約四分の三にあたる千百世帯余が事業を使った。約千三百万円で自宅を建て直した同町黒坂地区の恩田孝雄さん(72)もその一人。「これで黒坂にいられると思った。落ち込んでいたとき、心の励みになった」と振り返る。約一千万円で再建した矢田川民雄さん(74)も「死ぬまでここで住めるのがうれしい」と笑顔を見せる。

(more…)

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投稿者: 05月14日(月)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

 能登半島地震で倒壊した建物は古い木造家屋や倉庫、納屋に集中し、鉄筋コンクリートや鉄骨の建物には被害が少なかったことが分かった。日本建築学会が十三日、石川県野々市町の金沢工大で開いた速報会で明らかにした。木造家屋でも一九八一(昭和五十六)年に導入された新耐震基準を満たした建物の被害は少なく、これ以前に建てられた建物の耐震性が課題として浮き彫りとなった。 (報道部・高橋雅人)

現行建築基準満たせば軽減 老朽建物の耐震課題に

 同学会は、三月末から四月末にかけて、石川県輪島市、穴水町の被害の大きかった地区ですべての建物を調査した。その結果、全壊建物は輪島市門前町の道下地区で百六十七棟(全体の39%)、総持寺周辺で百四十二棟(同24%)、黒島地区で九十四棟(同26%)に上った。穴水町の大町、川島地区では三十棟(同4%)だった。判断基準が異なるため、罹災(りさい)証明書に記される自治体の調査結果とは一致しない。

 さらに、被災建物二十二棟を図面などから詳しく調べたところ、特に被害の大きいのは、土塗り壁などのある古い木造家屋や店舗併用住宅で、玄関から奥へ通じる通り庭や屋内廊下がある町屋建築だった。前面の道路と平行する壁が極めて少なく、木造家屋でも、現行の建築基準法が定める壁の量の70%を満たしていた建物は大きな被害がなかった。

 また、鉄筋コンクリートの建物については、被害が小さかったことから、耐震補強の効果が試されるほど大きな地震動ではなかったとした。地盤が揺れる周期が建物が持つ固有の周期と一致する共振が起こらなかったためという。

 北陸支部災害部会長の金沢工大の後藤正美准教授は「古い木造建築をいかに維持管理していくかを学会として取り組んでいきたい」と総括した。

(中日新聞・2007,5,14)

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投稿者: 05月10日(木)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

能登半島地震の風評被害対策について要望する女将たち=石川県庁で 能登半島地震で宿泊客が減少しているとして和倉温泉と輪島温泉の旅館の女将(おかみ)たちが九日、石川県に対し、風評被害の対策を要望した。

 訪れたのは、和倉温泉旅館協同組合女将の会と、輪島温泉観光旅館協同組合おかみの会のメンバーら二十一人。大都市圏での街頭キャンペーン実施や、復興をPRするキャンペーングッズの配布、能登空港の臨時便などを要望した。

 谷本正憲知事は、道路復旧や余震の減少などを挙げ、「能登に来てもらっても大丈夫という環境は整った。アピールが大事」と述べた。県は五-六月に東京、大阪、名古屋、福岡で街頭キャンペーンを計画。県出身のヤンキースの松井秀喜選手を起用したステッカーも十八日に完成する予定で、谷本知事は「ぜひ、旅館の営業車に張ってください」と呼び掛けた。

 女将たちからは「谷本知事が(復興PRのため)テレビ出演したのを見て来たという宿泊客が何人もいた」という声や、「官公庁の全国大会をぜひ、能登で開催して」と要望が続いた。

 能登の観光地は復旧が進み、地震前と変わらないまでになっているが、大型連休中の宿泊状況は前年比二~三割減だった。連休後は宿泊客ゼロの日が続いている旅館もあるという。 (渡辺聖子)

(中日新聞・2007,5,10)

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投稿者: 05月9日(水)2007年 (カテゴリ)>>> 足湯 by gaeiコメントなし »

仮設住宅(門前町道下地区)5月9日、仮設住宅(門前町道下)集会所で足湯5月9日、仮設住宅(門前町道下地区)集会所で足湯仮設住宅(門前町道下)集会所

5月9日、最も被害の大きかった門前の道下地区の仮設住宅集会所を尋ねました。私たちが集会所ができて、最初のボランティアでした。新築のお部屋で足湯を実施しました。

道下地区の仮設住宅では、140世帯を超える仮設住宅が建ち並び、300名以上の被災者が暮らしておられます。そこでの最初の足湯で緊張しましたが、うれしいことに「高野山足湯隊」の足湯が定着しているようでした。

このたび、5月7日から9日まで、4カ所で90人のみなさまに足湯を体験していただきました。

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投稿者: 05月9日(水)2007年 (カテゴリ)>>> がんばれ、能登半島! by gaeiコメントなし »

 県が七尾市に建設していた震災による仮設住宅が完成し八日、現地説明会が行われた。

 市では、できるだけ自宅から近い場所に入居できるようにと小島町、田鶴浜町、中島町の三カ所に計二十戸の仮設住宅を設置。現在、十五世帯の入居が決まっている。

 住宅は1DK、2DK、3Kの三種類あり、ほかの市町で設置されている仮設住宅と同じで、玄関に段差がないなどバリアフリー構造。

 田鶴浜町での説明会では職員が入居は二年間の期限があることや、契約書の書き方などを説明し、入居者に仮設住宅のかぎが渡された。

 これまで半壊の住宅で暮らしてきた女性は「外から見ると天井が低いような感じがしていたけれど意外と高いし、きれいですね」と話した。

  (寺本康弘)

(中日新聞・2007,5,9)

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